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大森簡易裁判所 昭和30年(ハ)150号 判決

原告 大八木喜代次

右代理人弁護士 金子文吉

被告 蕨重

右代理人弁護士 内田正己

右復代理人 星野忠治

主文

被告は原告に対し、東京都大田区入新井六丁目五八番宅地三六〇坪二合三勺の内十五坪(別紙図面斜線表示部分)地上に存する、家屋番号同町五八番六、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗一棟、建坪八坪五合を収去して右土地を明渡し、且つ昭和二十九年三月一日より同年十二月三十一日まで一ヶ月金二百九十八円の割合、昭和三十年一月一日より右土地明渡しずみにいたるまで一ヶ月金三百八十八円の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

東京都大田区入新井六丁目五八番宅地三六〇坪二合三勺が原告の所有であること、原告は右宅地の内十五坪(別紙図面斜線表示部分)を、昭和二十二年十一月一日頃被告に対し、普通建物所有の目的のもとに、存続期間二十年、賃料一ヶ月金二十五円と定めて賃貸したこと、被告は同地上に家屋番号同町五八番六、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建店舗一棟、建坪八坪五合の家屋(以下本件家屋という)を所有するにいたつたこと、前示賃料はその後順次改訂されて昭和二十九年一月末当時は一ヶ月金九百円となつていたこと、及び原告は昭和二十九年十二月二十一日付内容証明郵便をもつて、被告に対し昭和二十九年二月分以降一ヶ月金九百円の割合による延滞賃料を同郵便到着後三日以内に支払うべく、若し不履行のときは本件賃貸借契約を解除する旨の条件付催告をなし、同催告書はその翌二十二日被告に到着したこと、並びに被告は右催告書の指定期間内に右延滞賃料の支払いをしなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで被告は、本件家屋はいわゆる併用住宅であるから本件土地は地代家賃統制令の適用を受けるものである。しかるに原告の延滞賃料支払いの催告は、その額が右統制令による統制地代を三倍以上も上廻る不当過大なものであり、かような催告を前提とする契約解除は効力がない旨抗争する。

よつてまず本件家屋が右統制令にいう併用住宅に該当するかどうかにつき考えるに、本件家屋はその建坪八坪五合の内、二坪五合は店舗であつて、被告は同店舗を使用して洋服仕立業を営んでおり、その余の部分は被告及びその家族が居住用として使用しているものであることは当事者間に争いがない。しかしながら、右統制令にいう併用住宅とは、専ら借家のみを対象としているものであつていわゆる自己所有家屋の如きはこれに包含されないものであることは地代家賃統制令施行規則第十一条の規定によつてみるも明かであると考えるから、本件家屋は右にいう併用住宅と認めることはできない。

しからば本件家屋が併用住宅でない以上、その敷地である本件土地十五坪は果して前示統制令から除外されているかどうかについて検討するに、昭和二十五年七月十一日政令第二二五号(同日施行)により改正された地代家賃統制令第二十三条(その後昭和二十六年四月十八日政令第一〇九号により第二次改正が、昭和二十七年七月三十一日法律第二八四号により第三次改正が、昭和三十一年四月十九日法律第七五号により第四次改正がなされた)第二項第三号(前示第二次及び第三次改正の時はいずれも前同様第三号、第四次改正において第四号となる)によれば、地上家屋が店舗の場合においてはその家屋(借家を指す)並びにその敷地についてはいずれも右統制令の適用から除外されていることが認められるが、本件家屋の如き借家でない店舗兼住宅に関しては、右統制令には何等の規定が存しない。故に右規定にいう店舗には、果して右の如き店舗兼住宅をも含む趣旨であるかどうかが問題となるのであるが、右統制令制定の趣旨並びにその後における同令の改正経過及びその理由並びに同令及びこれと一連の関係にある法規等の内容等を綜合勘案すれば、右にいう店舗とは純然たる店舗のみを指称し、店舗兼住宅(もつともこれとても無制限ではなく、店舗用部分七坪以下、居住用部分三十坪以下のものに限る)の如きはこれを包含しない趣旨と解さざるを得ず、又かく解することによつて前示併用住宅に関する規定との間に均衡を保つことができるものということができ、且又他にこれを異別に解すべき何等の合理的根拠を見出すことはできないと考える。

さすれば本件家屋の敷地である本件土地十五坪については、いまだ前示統制令の適用を受けているものというべきところ、成立に争いのない乙第六号証の四の記載に徴すれば、本件土地に関する昭和二十九年度固定資産課税台帳に登録された価格(いわゆる評価額)は、三六〇坪二合三勺に対し、二、三八九、九五〇円であることが認められるから、これにもとづき所定の計算方法にしたがい算出するときは、本件土地十五坪の昭和二十九年度におけるいわゆる統制地代は一ヶ月金二百九十八円(端数は建設省告示により切り捨てる)なることは計算上明瞭である。

してみれば、本件に関して原告のなした前示一ヶ月金九百円の割合による延滞賃料支払いの催告は、右統制地代を上廻ること約三倍の額に相当し、右統制地代を基準とするかぎり、被告主張の如くいわゆる過大催告であるとのそしりを免れ得ないものといわなければならない。

しかしながら、たとえかような過大な催告であつても、これを目して一概に全面的に不当無効のものとすべきではなく、他に特別の事情が認められるかぎり、適正地代額の範囲内においては、なおその効力を有するものと解するを相当と考える。

ところで、成立に争いのない乙第二号証の一乃至四の各記載と、原告本人尋問の結果とを綜合して検討すると、本件地代は毎月二十八日かぎり持参支払いすべき約であつたところ、被告は昭和二十八年頃よりは漸次その支払いが遅滞しはじめ、即ち同年一月乃至同年三月までの分を同年九月三十日において、又同年四月分乃至同年十月分を翌二十九年三月十日に、昭和二十八年十一月分を翌二十九年四月五日に、昭和二十八年十二月分及び昭和二十九年一月、二月分(但し二月分は内金三百円のみ)を同年六月十日に各支払う等、常に数ヶ月滞りがちにあつたことが認められ、又被告は原告より本件延滞賃料の支払い催告を受けたのに対し、その指定期間内に原告に対し、催告にかかわる地代額について異議の申出でをしたこと、及び適正地代額の提供をしたこと等についてはこれを認め得る何等の主張も証拠もない。

およそ土地の賃貸借の如き継続的契約関係は、賃貸人の賃借人に対する個人的信頼関係を基盤として成り立つものであるから、すべからく賃借人たる者は信義を重んじ誠実を尽してその契約内容の履行の実現を期さねばならぬ義務をもつているものというべきところ、前示認定事実に徴すれば、被告はすくなくとも地代支払いに関するかぎり、賃貸人たる原告の信頼に充分応え得たものとはいうことはできず、特に前示催告を受けた後はたとえその催告地代額が過大でありとうていこれに応じ得られないものであつたとしても、速かに異議を申し出でて適正額につき協定を求めるとともに、一方適正地代額だけでもその指定期間内に原告に対し提供する等の誠意を示すべきであつたにもかかわらず、これすら実行した形跡の認められないことはまことに遺憾であり、かかる事跡に照らして考えるときは、当時被告は、たとえ適正地代額についての支払催告がなされたとしても、それを支払う意思がなかつたものと推認せざるを得ない。

したがつて、原告のなした本件条件付催告は、前示の如き経緯に徴すれば、前示統制地代額の範囲内においてはこれを有効なものと考えるべきであるから、本件賃貸借は右催告書の指定期日である昭和二十九年十二月二十五日の経過とともに、解除により終了したものと解するを相当とする。

次に被告は、本件土地に対する昭和二十九年二月一日以降昭和三十年二月末日までの賃料合計金一万一千四百円を、昭和三十年二月頃原告に対して支払いのため提供したが、その受領を拒絶されたので、同年二月十八日所轄法務局に弁済供託をしたから、原告主張の如き賃料不払いの事実はない旨主張するので、これにつき案ずるに、右供託の事実については当事者間に争いがないが、右供託は前示契約解除後になされたものであることはその主張自体によつて明白であり、且つ右供託前原告に対し弁済提供をしたこと及びそれを受領することを拒絶されたことについては、これを認め得る証拠がないからこの主張は採用することはできず、したがつて右供託は適法のものとは認め難い。

最後に原告は被告に対し、昭和二十九年二月一日以降本件土地明渡しずみにいたるまで一ヶ月金九百円の割合による賃料並びに賃料相当損害金の支払いの請求をしているので、この当否について判断するに、本件土地が地代家賃統制令の適用を受けるものであること、本件土地十五坪に対する昭和二十九年度のいわゆる統制地代は一ヶ月金二百九十八円であることは前示認定の通りであるところ、前示乙第六号証の四の記載に徴すれば、本件土地三六〇坪二合三勺に対する昭和三十年度におけるいわゆる固定資産税評価額は、三一〇六、九三五円であることが認められ、これを前示計算方法にしたがつて統制地代を算出するときは、本件土地十五坪に対する統制地代は一ヶ月金三百八十八円(端数は前示告示により切り捨てる)となることは計算上明瞭であるから、被告は前示各統制地代額の範囲内においてのみの、延滞賃料並びに賃貸借終了後における賃料相当損害金の支払義務を有するものと認めるを相当とする。しかして前示乙第二号証の四の記載によれば、被告は昭和二十九年二月分の賃料中に金三百円を内金として支払つてあることが認められるから、右金員は右統制地代額の範囲内において昭和二十九年二月分の延滞賃料に充当すべきものと考える。

以上によつて、原告の本訴請求は、被告に対し、前示建物を収去して本件敷地十五坪の明渡しと、昭和二十九年三月一日より同年十二月二十五日まで一ヶ月金二百九十八円の割合による賃料、及び同年同月二十六日より同年同月三十一日まで前同率の、昭和三十年一月一日より右土地明渡しずみにいたるまで一ヶ月金三百八十八円の割合による各賃料相当損害金の支払いを求める範囲内においては理由があるからこれを認容するも、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条を各適用して、主文の通り判決する。

なお、本件については仮執行を付することは相当でないと認めるので、その宣言をしない。

(裁判官 須田武治)

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